FLAT-OUT 脳出血で倒れて

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 じぃちゃん
  爺ちゃんは小学生だった頃に亡くなった。と言っても一緒に暮らしてた訳じゃない。母の実家に遊びに行ったときだけ、ただ庭先でボーっとしている物静かな印象しかない。ところがこの爺ちゃんが、この病気に罹った途端、私の回りに現れるのだ。しかし、私はどちらかと言うと大槻義彦教授(早稲田大名誉教授)支持者だ。別に否定はしないけど、霊の存在など会ったことがないので信じていない。そう、これは「爺ちゃん」ではなく「じぃちゃん」なのだ。失語症のため喋ろうとすると、何事も「じぃちゃんが…」となってしまうのだ。体のことを聞かれれば「じぃちゃんが…」、頭のことを聞かれれば「じぃちゃんが…」、仕事のことを聞かれれば「じぃちゃんが…」。事の重大さを他所に、これは私自身でさえ笑ってしまう出来事だった。
 最初は笑っていたのだが、いつまで経っても「じぃちゃん」が近くに居て不安になってくる。特にやりかけの仕事や会社の資金のこと、「じぃちゃんが…」では済まない問題ばかりが次第に山積み状態になった。「仕事のことは大丈夫だか

 

 
ら」、「体のことを考えて」というのは大企業の台詞。ウチのような弱小企業では、その台詞を言ったとしても悲壮感が漂って哀しい。親愛なる仲間は自分の仕事で手一杯なのは解りきった事実。でも、その台詞を言うしか他に見当たらないから余計に切ない。
 「じぃちゃん」が去ったのは発病して1ヵ月ぐらいだったか…